うなぎ(鰻、ウナギ)は、ウナギ目ウナギ科 Anguillidae に属する魚の総称。その内の一種 Anguilla japonica (英名:Japanese eel)を指し、これをウナギ属 Anguilla に属する他の魚と区別してニホンウナギと呼ぶこともある。蒲焼や鰻丼などの調理方法が考案され、古くから日本の食文化に深い関わりを持つ魚である。しかし川と海を行き来(回遊)し、ある程度地上を這って移動するなど、その生態は意外と知られていない。また研究者の間でも、近年まで産卵場すら正確には把握されておらず(2006年にスルガ海山と判明)、「うなぎ」の詳しい生態に関してはまだ謎の部分が多い。
『うなぎの形態について』 成魚は全長1m、最大で1.3 m ほどになる。細長い体形で、体の断面は円形である。眼は丸く、口は大きい。体表は粘膜に覆われぬるぬるしているが、皮下に小さな鱗をもつ。腹鰭はなく、背鰭、尾鰭、臀鰭がつながって体の後半部に位置している。体色は背中側が黒く、腹側は白いが、野生個体には背中側が青緑色や灰褐色、腹側が黄色の個体もいる。また、産卵のため海に下った成魚は背中側が黒色、腹側が銀白色になる婚姻色を生じ、胸鰭が大きくなる。
『うなぎの分布・生態について』 日本全国に分布するが、日本以外にも朝鮮半島からベトナムまで東アジアに広く分布する。成魚が生息するのは川の中流から下流、河口、湖などだが、内湾にも生息している。えらの他に皮膚でも呼吸できるため、体と周囲が濡れてさえいれば陸上でも生きられる。雨の日には生息域を抜け出て他の離れた水場へ移動することもあり、路上に出現して人々を驚かせることもある。濡れていれば切り立った絶壁でも体をくねらせて這い登るため、「うなぎのぼり」という比喩の語源となっている。体内調節が得意なため、淡水でも海水でも生きられる。
『うなぎの生活史について』 うなぎは淡水魚として知られているが、海で産卵・孵化を行い、淡水にさかのぼってくる「降河回遊(こうかかいゆう)」という生活形態をとる。従来、「うなぎ」の産卵場所はフィリピン海溝付近の海域とされたが、外洋域の深海ということもあり長年にわたる謎であった。しかし、2006年2月、東京大学海洋研究所の塚本勝巳教授などが、ニホンウナギの産卵場所がグアム島やマリアナ諸島の西側沖のマリアナ海嶺のスルガ海山付近であることを、ほぼ突き止めた。これは孵化後2日目の仔魚を多数採集することに成功し、その遺伝子を調べニホンウナギであることが確認されている。冬に産卵するという従来の説は誤りとされ、現在は6〜7月の新月の日に一斉に産卵するという説が有力である。卵から2〜3日で孵化した仔魚はレプトケファルス(葉形幼生、Leptocephalus)と呼ばれ、親とは似つかない柳の葉のような形をしている。この体型はまだ遊泳力のない仔魚が、海流に乗って移動するための浮遊適応であると考えられている。レプトケファルスは成長して稚魚になる段階で変態を行い、扁平な体から円筒形の体へと形を変え「シラスウナギ」となる。シラスウナギは体型こそ成魚に近くなっているが体はほぼ透明で、全長もまだ5cm ほどしかない。シラスウナギは黒潮に乗って生息域の東南アジア沿岸にたどり着き、川をさかのぼる。流れの激しいところは川岸に上陸し、水際を這ってさかのぼる。川で小動物を捕食して成長し、 5年から十数年ほどかけて成熟する。その後「うなぎ」は川を下り、産卵場へと向かうが、その経路に関してはまだよく分かっていない。海に注ぐ河口付近に棲息するものは、淡水・汽水・海水に常時適応できるため、自由に行き来して生活するが、琵琶湖や猪苗代湖等の大型湖沼では、産卵期に降海するまで棲息湖沼と周辺の河川の淡水域のみで生活することが多い。また、近年の琵琶湖等、いくつかの湖沼では外洋へ注ぐ河川に堰が造られたり、大規模な河川改修によって外洋とを往来できなくなり、湖内の「うなぎ」が激減したため、稚魚の放流が行われている。
『うなぎの分類について』 ウナギ科 Anguillidae はウナギ属 Anguilla のみからなり、世界中の熱帯から温帯にかけて18種(内3亜種)が生息する。
『うなぎの名前について』 日本では奈良時代の『万葉集』に「武奈伎」として見えるのが初出で、平安後期頃までは「うなぎ」のことを「ムナギ」と呼んでいた。「うなぎ」という語形は院政期になって登場し、その後は「うなぎ」で定着した。そもそものムナギの語源には、家屋の「棟木(むなぎ)」のように丸くて細長いから、胸が黄色い「胸黄(むなぎ)」から、料理の際に胸を開く「むなびらき」から など、いろいろな説があるが、いずれも民間語源の域を出ない。前二者は奈良時代の用例「武奈伎」の「伎」が上代特殊仮名遣ではキ甲類の仮名であるのに対して、「木」「黄」はキ乙類なので一致しないという問題があるし、後者の省略説もムナビラキ→ムナギのような省略は通常では起こり難い変化だからである。この他には、ナギを「ナガ(長)」と結び付けて「ム(身)ナギ(長)」とする説や、ナギを蛇類の総称と見て蛇・虹の意の沖縄方言ナギ・ノーガと結び付ける説、うなぎ(Unagi)やアナゴ(Anago)など、nagとつく生物は「水中の長細い生き物(長魚)」を差す意味合いを持つ(イカナゴ(Ikanago)なども、水中を長細く群れをなしているのでnagと付くという)とする説もあるが、いまだに定説と言えるものがないというのが現状である。なお、近畿地方では「うなぎ」のことを「マムシ」と呼ぶが、これはニホンマムシとは関係なく鰻飯(まんめし)が『まむし』と訛り、それが材料の「うなぎ」に転用されたものである。他に、関西での調理法(正確には浜松以西。)の特色である、蒸さずに蒲焼にして、飯の上に乗せた上に更に飯を乗せて蒸らす「飯蒸し」(ままむし)から来たという説、同じく料理法から飯と飯の間で蒸すという意味で「間蒸し」とする説、飯の上に「うなぎ」やたれをまぶすものとして「まぶし」が転じたとの説もある。また、「うなぎ」という名前については鵜飼の時に、鵜が飲み込むのに難儀することから鵜難儀(うなぎ)となったという江戸の小噺がある。
『うなぎの漁法について』 日本では「うなぎ」は重要な食用魚の一つで、年間11万トンもの「うなぎ」が消費されている。20世紀後半ごろには養殖技術が確立され、輸入も行われるようになったとはいえ、野生の「うなぎ」(天然もの)の人気は根強く、釣りや延縄などで漁獲されている。 さらに「うなぎ」にターゲットを絞った伝統漁法も各地にある。
・うなぎ掻き - 棒の先に鉤をつけたものを巧みに操り、「うなぎ」を引っ掛ける
・うなぎ塚 - 「うなぎ」の生息域に石を積み上げておき、石の隙間に潜んだ「うなぎ」を捕る
・うなぎ筒 - 竹筒などを「うなぎ」の生息域に仕掛けておき、「うなぎ」が筒の中で休んでいる時に筒を引き揚げて捕る
遊漁としての釣りにおいてはミミズ等を餌にした釣り方が一般的だが、ルアーフィッシングで釣れることもある(いずれも夜間がメイン)。餌釣りでの方法としては、ブッコミ釣り(鯉などのブッコミ仕掛けの変形、一本針が基本)、置き釣り(うなぎが通りそうな場所に針と糸が付いた竹杭を刺してしばらく置く)穴釣り(昼間うなぎがいそうな穴に小魚等をつけるための先端にまっすぐな針をつけた竹の棒と、針と糸をもち直接いれて釣る)等があり、とくに置き釣りと穴釣りはうなぎ以外には見られない釣りかたである。ただ、簡単に釣れる魚ではない。
『食材としてのうなぎについて』 うなぎは高タンパクで消化もよく、日本料理の食材としても重要で、うなぎ屋と呼ばれるうなぎ料理の専門店も多い。皮に生息地の水の臭いやエサの臭いが残っているため、天然、養殖を問わずきれいな水に1日〜2日いれて、臭みを抜いたものを料理する(泥抜き・臭み抜きと呼ばれる)。夏バテを防ぐためにうなぎを食べる習慣は、日本では大変古く、万葉集にまでその痕跡をさかのぼる。
徳川家康の時代に江戸を開発した際、干拓によって多くの泥炭湿地が出来、そこにうなぎが住み着くようになったためうなぎは労働者の食べ物となったが、当時は蒲焼の文字通り、蒲の穂のようにぶつ切りにしたうなぎを串に刺して焼いただけ、という食べ方で、雑魚扱いだった。うなぎが現在のようなかたちで一般に食べられるようになったのは江戸後期からで、特に蒲焼は江戸発祥の料理であることから、江戸の代表的食物とされる。蕎麦ほど徹底した美学はないものの、「うなぎ屋でせかすのは野暮」(注文があってから一つひとつ裂いて焼くために時間がかかる)、「蒲焼が出てくるまでは新香で酒を飲む」(白焼きなどを取って間をつなぐのは邪道。したがってうなぎ屋は新香に気をつかうものとされた)など、江戸っ子にとっては一家言ある食べものである。なお「うなぎ」の血液にはイクシオトキシンという毒が含まれるため、生で食べることはできない。ただし熱を加えると変性し毒性が消えるので、加熱調理した分には危険はない。生でも血液を完全に抜いて酢でしめれば刺身で食べることもできる。
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